世界中のコンピューターに猛威を振るうウィルス―「バグ」。
このウィルスは,これまでのものとは異なり,極めて巧妙な侵入方式をとります。ターゲットとするコンピューターの回路に,まず,“斥候”となるミニ・プログラムを送り込み,同調できるような環境としたうえで,本体をそろりと侵入させるのであります。
また,自己複製方法も,まさにDNAと同様,実に,“生物臭い”存在です。
これはどうも,どこかのウィルス・プログラムが,生き延び,“進化”し,このような形態を身に着けたようであります。
最新鋭のニューロ・コンピューターにも侵入する「バグ」は,人間の脳にも侵入可能ではないか?
そんな驚くべきことが可能であるとして,一体,「バグ」の目的とするところはなんなのでしょうか?
作者若干20歳のときの作品だそうであります。
昔,「スキャナーズ」という,他人の思考(脳?)を走査&操作できる超能力を持つ兄弟を描く映画がありまして,その中で,相手の居場所を突き止めるために,主人公が電話回線を通じて走査を行うという,大変印象に残るシーンがありましたが,この作品も,生体における神経回路と,電脳回路との類似性さらには融合化というビジョンを鮮明に示してくれます。
「存在の大いなる連鎖」とは,神によって個別に創造されたすべての種は、最も高等なもの(天使)から最も下等で原始的なもの(鉱物)にいたるまで,「欠けている環」のない単線的な階層秩序を形成しているとする信念,存在了解,分類学上のシステムのことであるそうな。(ラヴジョイの同名著書より)
このタイトルをいただくこの作品では,「バグ」が,あらゆる生命体の(電脳体も含めて)結合を図るという意味で,むしろ,階層秩序を失わせるような同質化の方向性を感じますね。
読んでいて,ル・グゥインの「帝国よりも大きくゆるやかに」や,グレッグ・ベアの「ブラッド・ミュージック」の趣を感じました。
どうなんですかねえ,アイデンティティの強調される欧米さんには,このような均一化のイメージは,相当に衝撃的な印象を与えるのかなあ。
