これは,クラークのというか,SF短編の中でも定番中の定番という言わずもがなの作品です。数多のアンソロジーに載り、「SFマガジン」では、創刊号を飾り、400号記念号、作者追悼号と再録されています。
いまさら,筋を紹介するまでもありませんが,ノヴァ化しつつある太陽系に文明を築いた種族(つまりわが人類のこと)の幾許かでも救おうとする銀河連邦の宇宙船の探査の顛末を描いた物語であります。
まあ,なんといっても,小さな星雲のごとく見えた霞が,実は,原始的なロケット技術しか持たない人類が,果敢にも大宇宙へ新天地を求めて大脱出を敢行したものであるという驚愕すべき事実が判明するところが感動ポイントです。
最初読んだときには,もちろん、誇らしく,胸の熱くなる思いがしたものですが,同時に,このあまりにも前向きな楽観主義といいますか,人類賛歌に,多少の違和感も覚えたのも事実です。
このように、バイタリティがあり、行動力ある人類が,銀河連邦にデビュー後,直に,幅を利かしてくるだろうということを暗示して物語は終わります。
人類賛歌の大団円に目が行っていまいますが、もちろん,この作品は,大変面白く,がらんどうとなった都市における人類の活動の痕跡を探検隊がたどる場面などは,印象に残ります。
タイムリミットが近づく中での,思いがけないトラブルと危機一髪の脱出など,お定まりながら,いろんな盛り上げ要素を,てんこもりしているサービス精神豊かな作品でもあります。
ところで,私は,「幼年期の終わり」が大好きなのですが,この作品とは,相当に趣が異なります。
「幼年期の終わり」における、滅び行く人類と,新たな進化の段階に入った新人類,同じ人類とはいえど,あまりの隔絶に唖然というか,暗澹としたものさえ感じます。
読者も,おそらく,引き裂かれる地球に残る旧人類に感情移入するだろうし,新人類よりも,むしろ「オーバーロード」に,近しいものを感じるのではないかなあ。
「幼年期の終わり」は,世上,“不愉快な傑作”と呼ばれるそうであるが,その伝で言うと,「太陽系最後の日」は,“愉快な傑作”か…。
ペシミスティックな作風を好む人間からは,色々と茶々をいれたくなる作品ですが,そんなことをものともしない,気合の入った人類万歳作品でありまして,ど真ん中のストレートのすがすがしささえ感じます。
