11月の冷たい真っ暗な晩,マーチンが,線路づたいにトボトボ歩いていたとき,大きな真っ黒な列車が、不気味に叫ぶ汽笛を鳴らして現れ,彼のそばに停車した。
こんな時刻に,ここを通る列車などないはずだ。
列車から降りてマーチンに近づいてきたのは,帽子で頭の角を隠した男。彼は,マーチンを迎えにやってきたという。今とは言わないが,時が来たら必ず乗車することと引き換えに,一つだけ何なりと望みを叶えてやろうというのだ。
マーチンは,ある希望の時点で,時の進みを止めることを望み,車掌から,時計を受け取る。その龍頭を巻いたとき,時を止めることができるのだ。
マーチンは,幸せを感じた時点で龍頭を巻こうとするが,そのつど思い直す。いや,この先,もっと止めるにふさわしい時が来るはずだと。
この思いが,マーチンの向上心につながり,浮浪者暮らしから足を洗い,ブルーカラーからホワイトカラーへ,しっかりした妻との結婚,子育て,しかしながら,不倫,離婚とひととおりの人生を経験していく。
ついに龍頭を巻かないまま,マーチンが老境に至り病んで草地に身を横たえたそのとき,再び,あの列車がやってくる。車掌が,そろそろ乗り込む頃だと告げる。
「完全な幸福を見つけることを期待して,決してやってこない瞬間を待っていたのさ」
詐欺師や酔っ払い,のらくら者,女たらしその他諸々の退屈しない陽気な連中が乗り込んでいるこの列車。マーチンは思う。この列車の地獄へ到着するまでの道行きが,最も幸せな時じゃあないか。
読み始めは,切り札を持つことで、いつの間にか“勝ち組”となり,最後に悪魔を出し抜いてしまう話かと思ったが,そうではない。
思いがけずも,人並み以上の人生を過ごし,それなりに人生の酸いも甘いも経験することができた彼が,最後に選んだ場所は,子供の頃鉄道員であった父親が酔っ払うと歌っていた"地獄行列車",辛酸を舐めた少年時代に頭に響いていた"地獄行列車"であった。
彼にとっては,それが原点というか,本来の居場所に帰るという感覚だったのだろう。
ブルースかエレジーを聴いているような物語だ。渋くて,苦くて,不思議にノスタルジックなのだ。
1959年度ヒューゴー賞短編部門受賞作品。
早川書房「復刻SFマガジン」の創刊号に収録。
ちなみに,この本は,「SFマガジン」の創刊号から第3号までを復刻したものであり,なつかしの名作のオンパレード。大変にお買い得の本である。
