この時代のTVショウの目玉は,特段すぐれた能力の持ち主でもありません。
まさに“大衆”の一人を主役として,ランク分けされた数々の危難から脱出できるかどうかを,リアルタイムでお茶の間にお届けするというものでした。
テレビ屋は言います。
「世間ではもう,うんと訓練された選手の妙技とか玄人の度胸なんてものにはうんざりしてるんだ。そんな連中に誰が共感できる?」
ジム・レイダーは,下級レベルのショウからスタートし,そして,ついに最高難度のショウ”危険の報酬“に出演することとなりました。
殺し屋から,一週間逃げ切れば,賞金20万ドルを獲得できます。
レイダーは何度も絶体絶命の危機に陥りますが,よき市民たちの助けを得て,何とか危地を脱します。
そういった様子が,調子のよいTV司会者により実況中継されるのです。
レイダーの危機を救うのは,実は,よきサマリア人である大衆だけではありません。
放映時間に穴が空くことを恐れるTV局員の介入,いわゆるやらせもあるのです。
命のやり取りを,ゲーム感覚で行うことを誰も何とも思わないのか?
大衆は,本当に,レイダーが逃げおおせるのを望んでいるのか?
大衆の密かな望みは,レイダーが派手な最後を遂げることでカタルシスを得たいのではないのか?
爛熟した広告社会の成れの果ての姿を見事に描いた素晴らしい作品です。
ただ,殺し屋がややステロタイプな描き方なのが残念。嫌味なほどシニカルな奴だったら,もっとよかったのにね。(とはいえ、もう「寓話」化しているような作品なので、むしろ、ステロタイプである方がよいのかもしれません。)
昔,シュワルツェネッガー主演の「バトル・ランナー」という粗い映画があったが,この作品の盗用だとシェクリィが抗議したという話をどこかで読んだことがあるが,これはシェクリィが怒るのももっともです。
しかも,この作品の方がはるかに出来がよいのだから。
創元SF文庫「SFベスト・オブ・ザ・ベスト 上巻」収録。

