「凍った旅」~P.K.ディック①

 宇宙航行での冷凍睡眠中に目覚めてしまった男のお話です。

 コンピューターは,目的地に到着するまでの10年間をどう過ごさせようか考えます。 

 主人公の記憶から,楽しかったことを探り出し,「早く着きたい」という希望に沿うシミュレーションを提供するのですが、この男は、どんなシミュレーションにも疑いをかけて目覚めてしまうことを繰り返します。

 主人公は,幼いころのちょっとした体験にトラウマをもち,つまらぬ罪悪感を引きずり,悲観的なものの考え方に凝り固まっていた気の毒な男だったのです。ディックらしい、癖の強い複雑な性格の男を登場させますが、こういう性格だからこそ、展開が面白くなります。

 コンピューターの努力にもかかわらず,本当に愛していたマルチーヌとの日々の再現ですら,「これは現実ではない」とぶち壊しにかかる始末に,精神治療の必要を感じたコンピューターは,彼女にコンタクトをとり,到着予定の惑星で主人公に会ってくれるよう段取りをしてくれます。

 ようやく,長い旅も終わり目的地に到着した主人公は,彼女と再会するのですが,これでハッピーエンドとなったら拍子抜けするところですが,そこはさすがにディックなので、大丈夫です。

 現実と仮想現実との区別がつかない世界は,ディックの十八番ですが,この作品は,強烈なスリルとサスペンスというよりも,晩年の“円熟味”と皮肉られそうなまとまりのよさを感じます。

 でも,幸せを素直に信じることができない主人公の,ちょっと滑稽でやるせないもの悲しさが,じんわりといい雰囲気を出しており,とても気に入っている作品ですね。

 1980年にプレイボーイ誌に掲載され、読者賞を得たとのこと。

 「Frozen Journey(I Hope I Shall Arrive Soon)」かっこいいタイトルですね。 

「悪夢機械」(新潮文庫)のトリの作品。