伝道の書に捧げる薔薇~ロジャー・ゼラズニイ④

 本短編は,若き天才言語学者と火星の舞姫との,実に苦い恋物語
  
 ガリンジャーは,天賦の語学の才能により,火星の複雑極まる言語を短期間に習得し,火星に伝わる、ある古文書を閲覧する機会を与えられます。

 その“ローカーの書”は,ペシミスティックなもので,火星人の滅びを説くものでしたが、実は,火星人は,種族不妊に陥っていたのです。

 舞踊が言語のごとく霊感を伝えるものとして尊ばれる火星。
 そして、ガリンジャーの前に現れたのは,ブラクサという美しい舞姫でした。

 いつしか,恋に落ちる二人。
 だが,ブラクサは,ガリンジャーのもとを去ってしまいます。
 追い求めるガリンジャー。
 しかし、ブラクサは,火星人が滅び去るという運命を変えられないと信じています。
 ガリンジャーは,“ローカーの教義”を打ち破ろうと,教会へと向かうのですが…

 まずは,ガリンジャーの人物造形がいいですね。天才肌にして,スノッブ,だが,内心に繊細で傷つきやすい心を有しています。

 人には弱みなど見せないが,ブラクサを真剣に愛してしまったとき,彼は一途となってしまうのです。

 さらには,シニカルでビターな展開が味わい深いですね。
 “ローカーの教義”を打ち破る者など現れるはずがないと思うブラクサが担うこととなる役割。
 ブラクサを取り戻すためだけに,“ローカーの教義”を打ち破ろうとするガリンジャー。 

 お互いに思惑と異なる役目を果たすことにより,結果として,火星を滅びから救うこととなる展開がなんともシニカルです。

 うちひしがれたブラクサ。真実がガリンジャーを打ちのめします。

 それじゃあ,彼女はわたしを愛してはいないのですか?いちども愛したことはなかったのですか?

 お気の毒です,ガリンジャー。それは彼女のつとめの一部だったのです。自分でどうすることもできぬつとめだったのです。

 
 別に,ハッピーエンドがきらいなわけじゃありませんが(いや,どちらかというと嫌いかな…),やはり本編のようなビターで,引き締まった作品はいいですね。

 SF味は乏しくとも,題材は古めかしくとも,この作品のキザな清冽さは忘れがたいものがあります。

 ハヤカワ文庫SF 同名短編集収録。