他の孤児~ジョン・ケッセル②

 彼の名はパトリック・ファロン。32歳,シカゴの穀物取引所のさる仲買商社に勤める取引員である。

 ある朝,目を覚ますと,そこは捕鯨船の船員室。
 しかも,船長はエイハブ…“白鯨”の物語に放り込まれてしまったのであります。


 時空の歪みに巻き込まれ,過去に飛ばされるという話はよくあるものの,それが物語の中であるというのが楽しめます。

 しかも,それが“白鯨”。
 エイハブ船長,スターバック,スタブ,フラスク航海士,パルキントンそしてタシュテゴやクィークェグも登場する。

 この古今の名作の世界を借用するのは,なかなかに気が引けるところだろうが,あえて取り組むのも,文学派の大学教授たるケッセルの自信なんでしょうね。
 それだけに力の入った作品であります。

 “白鯨”を読んでいる人には,なおのこと興味を持てると思います。
 ファロンが,スターバック航海士に、航行を中止するようエイハブ船長を説得するように迫るシーンなんかいいですねえ。

 ファロンと心通わせるパルキントン。“白鯨”では,目立ちませんでしたが,キャスティングとしてはグッドであります。

 夢と現実が交錯し,次第に,捕鯨船の世界が現実の重みを増してくる。
 メルヴィルの定めたとおりの運命に従うのか,逆らうことができるのか。
 
 エイハブ船長とファロンのラストのやりとりは,緊張感あるものです。
 エイハブ船長の,あの取り付かれたような悪魔的迫力が影を潜め,運命論をファロンをあやすがごとく語る姿は,実に知的な紳士に感じてしまいます。
 面白い造形です。

 “白鯨”では,主人公イシュメイルがただ一人救われる。
 この短編は,モビ・ディックとの最後の決戦に向かう前に終わる。
 ファロンは,イシュメイルだったのでしょうか。

 1982年度ネビュラ賞ノヴェラ部門受賞作。
 「SFマガジン」1984年11月号掲載。