西暦1430年,ローマ教皇セプトゥス14世は,原罪を説くスザンナ福音書にある一節,「人間の血液には,無数の蛇が存在」することを否定する学者に対する査問を行っていました。
この学者の名は,アントン・レーウェンフーク。
顕微鏡で繰り返し観察したものの,蛇を見つけることはできなかったというのです。
セプトゥスは,ガチガチの教条主義者ではなかったため,さらなる実証のゴーサインを出したのだが,結果的に,このことが,大きな分岐点となったのです。
時は下り,英女王アン6世は,ダーウィンに,世を乱す学説のかどで呼び出しをかけていました。
世の人間は,血液に蛇の見えるローマ・カトリック派と,見えない贖罪派とに分離していたのです。
ダーウィンはいいます。
これは,同性質の集団内での婚姻を繰り返した結果によるものにすぎず,信仰とは全く別の次元のことであると。
さらに時は下り,ジュリア・グラント医師は,マッカーシー上院議員らの非公開の聴聞会に出席していました。
彼女は,異宗派の両親から生まれる子供の,血液凝固による高い死亡率に対処する薬を開発していたのだが,マッカーシー議員の聴聞の意図は,全く違うところにあったのです…。
作者は,カナダの作家で,邦訳短編は,これだけだが(2025.8)現在3編),各賞の候補作,オーロラ賞受賞作ということで,代表的作品といってもよいでしょう。
ともあれ,魅力的で,好奇心をそそるタイトルです。
キワモノ的題名ながら,中身は,大変オーソドックスで,律儀といってもよろしい。
「蛇状物質」の存在という科学的事実が,人の心に潜む「蛇」を太らせていく様を皮肉に描きます。
しかも,迷信が払拭されてしかるべき近代人が,最も,えげつなくなってしまっているではありませんか。
「悪行」を,なんやかやと正当化することはできても,「良心」に恥じないこととは別の問題です。
それは、わかっちゃいるけれども…という人間の救いようのない醜さ・愚かさに,まじめに向き合った,好感の持てる作品です(といって説教くさいわけではないので,ご安心を)
ハヤカワ文庫SF「90年代SF傑作選 下巻」収録。
ところで,レーウェンフークという学者は,顕微鏡による赤血球や精子などの研究者として著名ですが,フェルメールの「地理学者」・「天文学者」のモデルとも言われているそうです。
マッカーシー議員も,よく悪役として登場しますね。
下卑た品性,狡猾,邪悪,冷血なイメージが定着しており,借用されやすいキャラクターなんでしょう。
セプトゥス14世という教皇は,調べた限りでは,架空の人物のようです。

