ヴィヴァルディ~イアン・マクドナルド①

 ベン・ヴォーダーマン博士とヒュー博士とが中心となった欧州宇宙機構のビッグ・プロジェクト「ヴィヴァルディ・ミッション」。

 ロケットは,外宇宙への遥かな旅を目論み,すでに太陽系外縁のオールト星雲へと到達していました。

 ところが,この近辺に,発見されたのが「ネメシス」と名付けられたブラック・ホール。プロジェクトは,この「ネメシス」の探査へと変容させられます。

 衝突探査機を首尾よく「ネメシス」に命中させることに成功し,本体は,強力な引力圏を抜け出し,本来の目的に戻れる…かと思いきや,再び,「ネメシス」にとらえられ吸い込まれ,あえなく消息を絶ってしまいます。


 まあ,基本となる筋は,以上のとおりですが,マクドナルドのこと,人間模様を複雑に絡ませた一筋縄でいかない文学の香り高い?技巧的作品に仕立て上げています。

 プロジェクトなかばにして,ヒュー博士の最愛の娘のジェンマが事故で死亡してしまい,精神的に病みつつある妻のモイラが博士の知らない間にジェンマのアンドロイドを購入することになるのですが,このジェンマもどきのものによって、一層、博士の喪失感は耐えがたいものとなります。博士と妻との信頼関係が全く失われていることが、なおさらの悲劇です。

 ヒュー博士は,人生のすべてを,「ヴィヴァルディ」とジェンマに捧げてきましたが,どちらも思いもかけないことにより,博士の手から奪い去られてしまうことになります。

 そんな中,ジェンマの“にせもの”は,博士に,「失ってしまったもの」に対する妄執が何も生み出すものではないことを痛切に知らしめます。博士はジェンマのアンドロイドにガソリンをかけ,焼き尽くしてしまいます。

「わたしはおまえを失わなければならないのだ,ジェンマ。おまえに事象の地平線を通りこさせなければいけないのだ。思い出は生者の代用品ではない。そして,わたしたちは生きていかなければならない。生きていかなければならないのだ。」

 哀しいつらい話ですが,力を振り絞り叫ぶ博士の姿に,やはり感動を覚えます。

 「ヴィヴァルディ」は,「ネメシス」探査の成功により,この宇宙は,膨張し続け,冷たい死を迎えるのではなく,収縮し,再び一点からスタートするという画期的発見を成し遂げます。

 この宇宙はこれで終わりではない,新たな出発があるのだと、博士は確信し、一歩を踏み出そうとします。

 さて,妻のモイラは,博士の声に応えてくれるのでしょうか?

 「SFマガジン」1992年2月号掲載。