中性子星の内破によって生じるブラック・ギャラクシーの中に捕らえられて外へ出られなくなった超高速船「スキップストーン」号。
船長かつ船内唯一の生ける意識は,リーナ・トマスという女性。
船倉の中には515人の死体がゼラチン質の保存液に漬かって蘇生を待っており,男女7人の熟練技術者の人格をおさめたサイボーグが待機しているという状況。
この異色の短編は,この状況の中で想定される,様々の設定において,「SF小説」的にどのように描かれるかという視点で描かれる,いわゆる「メタSF」であります。
サイエンス・フィクションとは,テクノロジーのいきづまりを打開する超解決法を読者に示すために,ヒューゴー・ガーンズバックが発明した小説形式なのである。だから,それにならおう。
けれど,作者は,ひねくれておりまして,ストレートな論点にはあんまり興味がなさそうであります。
この小説には,なんらかのセックスの要素をとりいれる必要がある―
現代の文学的SFが,人間の欲求と活動の全域にわたって真実性を重んじることを伝統としている以上,この問題を避けて通るのは,へたくそなアマチュアのやることである。
まあ,こんな具合に,「SF小説」の暗黙のお定まりのようなものに対して,いちいち口を挟むといいますか,イライラをぶつけているといいますか。
「メタSF」一般の,茶化しているという雰囲気はありますものの,何か生真面目なものを感じるんですね。
「小説」っぽい部分では,リーナとサイボーグ,そして死者との会話は,陰鬱な哲学的色合いを帯びておりまして,何とも居心地の悪くなるところが快い。
結局,死者たちの怨嗟のうめき声が轟く中で,リーナは超光速推進装置のスイッチを入れて,脱出を図ります。
彼らはどこに行くのでしょうか。
作者は,どんな可能性だってありうるけれども,それは,小説である限りは,程度の差はともかくも,所詮,作者の想像力の範疇にとどまっているに過ぎないということを言っているのかなと思います。
それこそ,作者自身がブラック・ホールのようなものですね。
マルツバーグさんは,そのもどかしさをこんな変な小説で吐露したのでしょう。
