北緯68度,淋しいノルウェイはロフォデン地方の近海で発生する大渦巻。
この物語は,未曾有の嵐に巻き込まれ,それがために生まれた巨大渦巻に飲み込まれながらも辛うじて生還した漁師の体験談であります。
私の読んだのは,新潮文庫「黒猫・黄金蟲」(佐々木直次郎訳 昭和50年 44刷)。
旧漢字・旧仮名遣いでありますが,これが実に雰囲気を出しているんですね。
中学生当時に読んだときは,恐らく,とっつきにくい窮屈さを感じていたのだろうけれど,今となれば,この古風な味わいは得がたいものがあります。
雲が重苦しく空に低くかかつた,陰鬱な,暗い,寂寞たる,秋の日の終日,私はただひとり馬に跨つて妙にもの淋しい地方を通り過ぎて行つた。そして黄昏の影があたりに迫つて來る頃,漸く憂鬱なアッシャア家の見えるところまで來たのであつた。どうしてであるかは知らない―が,その建物の最初の一瞥と共に,堪へ難い憂愁の情が私の心に慘みわたつた。~「アッシャア家の崩壞」
版がだいぶつぶれてきているところが再現できないですが、これもまた、古文書的な黴臭いおどろおどろしさを感じさせるんですね。
現版では,当然のことながら,新漢字・新仮名遣いになっていることと思ひますが、
多分何割かは,味わいを損ねているのではないかと思いますね。
自分の周りを眺めた時のあの、畏懼と、恐怖と、歎美との感じを、私は決して忘れることがありますまい。船は圓周の廣漠たる、深さも巨大な、漏斗の内側の表面に、まるで魔法にでもかかったやうに、中ほどに懸かつてゐるやうに見え、その漏斗の全く滑かな面は、眼が眩むほどぐるぐる廻ってゐなかつたなら、そしてまた、滿月の光を反射して閃くもの凄い輝きを發してゐなかつたら、黑檀とも見まがふほどでした。そして月の光は、さつきお話しました雲の間の圓い切れ目から、黑い水の壁に沿うて漲り溢れる金色の輝きとなって流れ出し、遥か下の深淵の一番深い奥底までも射してゐるのです。
わが国の最大の渦巻きといえば,鳴門の渦潮でありましょうが,先日行ったときは、シーズン外だったこともあってか,全く渦巻きを見ることすらできませんでした。
風光明媚な瀬戸内海のため,メエルストロムのような荒涼たる風景とは異なり,荒れ狂う自然の脅威の舞台とはなりにくいのかもしれませんが,恨みをのんで水没したものたちを題材にした恐怖譚はいけそうな気がしますが。
