ミラーグラスのモーツァルト~スターリング&シャイナー

 北側の丘から見わたすと,十八世紀のザルツブルグは食いかけのランチのように,ライスの目の下に広がっていた。

 いかにも,サイバーパンクらしい表現ではじまる,ブルース・スターリングとルイス・シャイナーの合作であるこの作品は,時間ビームにより,1775年の世界にやってきて,“プラント”を立ち上げ,“企業活動”に邁進する連中と,それによる多大な影響を被る現地人の姿を,スピーディに,ドタバタ調で描く,なかなかにビートの効いた,悪漢小説に近いものであるといえます。

 過去が大きく改変されることに注意を払わないのかい?
 いやいや,そんな倫理観などありませんね。

 時間をさかのぼって過去に介入すると,新たな別の歴史が枝分かれする。とすると,改変された世界は,介入にやってきた連中の未来の世界へとはつながらない。だから,暴力と略奪をほしいままにする。

 会見にのぞんだジェファソン米大統領は激昂する。

 「あまりにも化けものじみた発想だ。わたしにはとうてい受けいれられん!そのような専横思想がどうやったら出てくる?きみらには人間的感情がないのか?」

 「ばかをいっちゃいけない。そりゃありますよ,われわれにだって。こっちが配っているラジオや雑誌や薬品,あれはどうなるんです?個人的な意見をいわせてもらえばですね,あんた,大した度胸だよ。その天然痘のあばたづらと垢だらけのシャツで,国にはごまんと奴隷をかかえたまんま,ここまでのこのこやってきて人類愛のお説教をなさる。」

 えらい啖呵です。

 こんな世界では,現在人であろうが,未来人であろうが,神経のタフなやつが勝ち馬に乗るのかなあ(別に,こんな世界でなくてもそうですけれどね)。

 あのモーツァルトも,すっかり,ポップ・ミュージックに“毒され”てしまっている。

 未来の未知の世界へ飛び込みたいがための彼の策略が引き金となって,死傷者多数の出る大混乱のすえ,“プラント”の撤退がはじまります。

 悪人のさばり,善人が損をする世界は,面白いんだけど,どうもねえ。
 モーツァルトマリー・アントワネットの偶像破壊が気になる人もいるかもしれない(そんな狭量な人も少なかろうが)。

 なんというか,意図的な薄っぺらさが,この作品の魅力でしょうが,陳腐化も早そうな気もします。

 ハヤカワ文庫SF「ミラーシェード」収録。