シャーロック・ホームズが,1899年8月15日,ベイカー街二二一番地Bの部屋のドアを抜けたその瞬間,彼は,ワトスン博士の脳をスキャンして細部まで再現したシミュレーションへと転移されました。
それは,2096年の6月5日の世界でした。
謎を解き明かすことについては,第一人者であるホームズと相棒ワトスンを,引っ張ってきたのはなぜでしょうか。
それは,ホームズに,「フェルミのパラドックス(宇宙に生命が満ち溢れているというのなら,いったい異星人はどこにいるのか?)」を解明させようという試みだったのであります…
私も,ホームズものは大好きで,あの「最後の事件」で,ホームズが,好敵手モリアーティ教授ともみあいのすえ,両者ライヘンバッハの滝つぼに転落してしまうというお話には,「なんでホームズを葬ってしまうのだ」という気持ちになったのですが,私でさえそう思うくらいだから,当時の熱烈なファンたちから,コナン・ドイルのところに,抗議の手紙が殺到したというのもうなづけます。
しぶしぶ,コナン・ドイルは,ホームズを「空き家の冒険」で復活させるのですが,確かに,うれしい反面,やはり不自然さを隠せないというか,無理からに苦しい理屈をつけているなあという感じがしたのも確かです。
この作品は,そこらへんの不自然さを,うまくついて,荒唐無稽なホラ話へと突き進んでいく強引さが魅力であり,人類が,“不確定”な存在へと陥ってしまったのは,ホームズの復活が原因という,ある意味,ホームズの独善的自信家の面を反映しているような展開は,いかにもありそうな流れで,洒落ています。
ホームズの復活の“消滅”と引き換えに,異星人とのコンタクトに沸き立つ人々。
ワトスン博士が感慨に浸るラストは,なかなか味わいがあります。
ハヤカワ文庫SF「90年代SF傑作選 下巻」収録。
ところで,皆さんは、ホームズものでは,何が一番好きでしょうか。
個人的には,「赤髪組合」,「まだらの紐」,「六つのナポレオン」などが好きなの(どれも指折りの名作なので,あげるまでもないとも言われそうですが)ですが,ホームズものの中では埋没していそうな「オレンジの種5つ」という作品が,なんとも不気味な余韻を残しており印象に残っています。
不気味といえば,情景効果抜群の「バスカヴィル家の犬」も,もちろん素晴らしいですね。

