月曜の夜,バー「ゴールデン・スワン」に集う常連たちは,議論を楽しみます。
今日は,時間旅行がテーマ。
パラドックスについての,ひとしきりの議論の後,バート・シドンは,こんなアイデアを持ち出しました。
「10分前のことを考えるんです。10分前のことが正確に思い出せれば,10分前にもどれたことになる。つまり,時間旅行をしたことになるでしょう」
「なんだ,つまらねえ」みんな笑い出し,ひとしきり,人生をやり直せたらという話に花が咲きました。
バートは,中座して、バーの2階の我が家の,愛するマーサのもとへと。
29の年にマーサは交通事故で亡くなっていました。
さすがのバートも,マーサの運命までは変えられません…が,マーサと初めて出会ったときまで,時計の針を戻すことはできるのです。
多元宇宙ものの甘い甘い作品「第十時ラウンド」で有名なJ.T.マッキントッシュの,小味の利いた小品であります。
どうやって,時間を遡ることができるのか,その辺の小難しい議論はいっさいなく,バートがマーサを愛し続ける限り,その能力を行使し続けるだろうということを前提に,閉じた世界の気味悪さへとつなげていきます。
確かに,この世界は,バートの保とうとする時間の枠に閉じ込められ,抜け出すことができなくなっているのです。
そうして、未来なんてものはなくなってしまうのですね。
過去もそう。
バートとマーサの純愛物語においては,彼らを取り巻く世界は,すべて脇役にすぎず,容赦なくリセットされる存在だという,けっこうえげつない設定は割と好みですね。
バート自身も,世界が,彼らの犠牲になっているという事実をわかっているのか,そんなことはどうだっていいと思っているのか。
マーサとの愛を確かめ,輝くばかりの笑顔でバーにもどるバートを,温かく迎える客たち。皮肉な構図です。
時間旅行ものも数限りなく,今では,新味を出すのは一苦労であろうと思いますが,この作品発表当時(1954年)には,それほどにひねくり回さなくともよかったのでしょう。
全体として,素人わかりしやすい素朴な大らかさが,気に入っています。
あまり頭を使わない作品かもしれませんが。
