デイ・ミリオン~フレデリック・ポール②

 デイ・ミリオン―キリスト生誕後百万日目の時代…今から千年ばかり後の恋のお話。

 娘は,チャーミングでキュートなダンサー。
 尻尾と,びっしり生えた絹のような体毛と,両耳の後ろには鰓が。
 ただ,娘とは言い切れないのは,彼女が男だからだ。

 娘と運命的出会いをする彼は,星間宇宙船で旅する187歳の男。
 彼は,サイボーグだ。
 光り輝く眼と七本指の手を持つ彼は,実に男らしく堂々として見えるのです。

 二人は,水曜日に結婚します。
 二人の人格がテープ化(時代を感じますね。)され,保存されます。
 そして,娘は海底の自宅へ,彼は宇宙船へ。

 再び出会うことはありません。

 でも,互いが必要なときには,装置を起動するだけでよろしい。
 すると,互いがそこにいるのです。


 フレデリック・ポールの高名な短編であります。
 1966年発表の作品。

 作者曰く,
 「いまから千年後の時代の人間が読んでも意味のあるようなラブ・ストーリイを書こうと思い,長編一冊分のアイデアを二千語につめこんだ。」という自信作。

 確かに,アイデアが高密度に圧縮され,いわゆる情緒的ないしは文学的な装飾は特段施さず,デイ・ミリオンの世の恋の姿を,記事的表現で押し進めていきます。

 でも,無味乾燥というわけじゃあないんですよね。
 アイデアがふんだんにちりばめられているのが心地よい。つまらない虚飾がないのもすがすがしいかも。

 発表当時にしては,それなりにタブー・ブレーキングなものだったのかな。
 ときおり,作者の,
 「ああ,またそんな顔をする。」という,多少読者への弁解がましい言葉が出てくるが,まあ,当時は,汚らわしいとでも思う読者も多かったのかなあ。

 いや確かに,この短編は,性に関するタブーを突き抜けてしまっており,従来の価値観とは相容れぬところもあろうが,そのような束縛から自由になったという爽快感も感じるんですね。
 なんか抑圧の重苦しさから解放されたというような…。

 「いまから千年後の時代の人間が読んでも意味のあるような」という作者の意気込みどおりになるかどうかはわかりません。
 すでに、SFの「古典」となったこの作品,いつまで,読まれ続けられるのでしょうか。

 「SFマガジン」1976年6月号掲載―伊藤典夫氏訳