バイオテクノロジーを応用した人体能力強化,それが及ぼす影響については全てが明らかになっているわけではない。未知の危険も伴うが,それに命を賭ける人々もいた。
物語は,バレエの世界を舞台に描かれます。
二流雑誌の記者スーザンは,バレエ・ダンサーの殺害事件を追ううちに,この新しい人体改造が,秘密裏に,“人間の胚”の段階から行われていたという衝撃の事実を知ることになる。
つまり,遺伝子組み換えが行われていたということ。さらに,それは生物学的に壊滅的影響を与えるということが判明したのです。
スーザンの娘デボラは,バレエにすべてを捧げています。天賦の才に恵まれているわけでもないのだが。
そんな娘に,バレエだけでなく他の道もあると言いたいのが親の常。そこには,大変な葛藤があります。
一方,花形ダンサーのキャロライン。息を呑むような演技で人々を魅了する彼女だが,ある時から,急速な衰えを見せ始める。
才能をつかむためには,リスクを問わないデボラと,与えられた才能の悲惨な結末に直面させられるキャロライン。
人体改造を軽蔑し,自然な人体での能力の限界に挑むことをモットーとするバレエ界の高みに君臨するプリヴィテーラ,自らの夢を娘に託す…というよりも,人体改造のリスクを娘に追わせたキャロラインの母親。
表面はきらびやかで美しい世界だが,裏に入れば,エゴと競争のうずまくシビアな世界を,キャラの立った人物たちを配して,なかなかに,説得力ある作品に仕上げています。
才能とは何ぞやという哲学的な問いもあるのでしょうね。
遺伝子操作で“優秀児”を生み出す…親のエゴによるといってもよい悲劇は,ベアの「姉妹たち」とも似ています。
もちろん,それを見越して,“合意を得ている”とばかりに,人体実験を行うという,科学の名のもとのエゴについても,作者の鋭い視点が感じられます。
バレエとナノテクという,全然結びつきそうもない題材ですが,遺伝子操作というSF的設定をきちんと押さえた上で,人々の対応というものを,巧みにドラマチックに描くところに,作者の並々ならぬ実力を感じます。
デボラが華麗に踊る結末がまたよろしい。これもまた,一つの生き方というか,フロンティア・スピリットとでもいいますか。
さすがに,ハヤカワ文庫SF「90年代SF傑作選」の大トリを飾る作品であります。

