「火星は本質的に(地球と)同じ軌道にあります。火星は太陽からだいたい同じ距離にあり,その点が非常に重要です。われわれが目にしてきた写真には,運河と思われるものと,水が写っています。水があるなら,酸素があるということです。酸素があるなら呼吸ができるということです。」
―合衆国副大統領,J・ダンフォース・クエール
<マザー・ジョーンズ>1990年1月号より引用
クエール副大統領を覚えていますか。
1989年に,41歳の若さで,先代のブッシュ大統領(父ブッシュ)の第44代副大統領に就任した人物ですが,切れ者の印象はまるで残っておらず,なんか粗忽な愛嬌者であったような記憶があります。
この作品は,そのクエール副大統領を主人公にした爆笑もの。
ダンは,ブッシュ大統領から,次期の大統領選に向けて,火星!に行かないかと打診されます。
成功すれば,まさに英雄として,予備選の対立候補はおろか,民主党にも敵なしとなることは間違いありません。
ダンは,宇宙飛行士になることを決心します。
なんやかやとバタバタしているうちに,宇宙船は無事発進,3日目の非番時間に,ダンが睡眠室で『フェリスはある朝突然に』を見ながら眠り込み,午後8時すぎに,「どうして誰も夕食に呼びにこないんだ?」と船室に向かうと,なんと同僚のクルーたちが全員死亡していたのです。
NASAの推測では,すさまじく猛毒だが,極めて短命のウィルスに襲われたらしいとのこと。
このまま地球に帰還するか。
ダンは進言します。
たとえ命を落とすことになっても,火星に着陸すると。
そして,ダンは,火星に一歩を印した初めての人間となるのです。
ところが,好事魔多し。
着陸船が離昇できずに,ダンは,当分,火星暮らしを強いられることになってしまいます。(「火星の人」みたいですね。)
大統領選出馬声名を出すには,地球上にいなければならないのに…
いやはや,副大統領をここまで洒落のめしてええのかなと思われるほど,実に面白い作品です。
くすぐりが,あらゆるところに顔を出しているが,副大統領をからかいながらも,どことなく好感も持っているようにも感じられるため,案外に嫌味がありません。
副大統領としては?だが,人間としては,割合,愛すべき人なのかもしれないですね。
クエール氏は,引退後,3冊の本を出版し,今は,投資会社でお忙しいご様子,あおぞら銀行にも関与されていたようである。
クエール氏のオフィシャル・サイト
作者は,フェミニズム運動の闘士として名を馳せたらしいが,このような毛色の違った作品が代表作かといわれると,フクザツな思いがあるかも知れません。
1992年度ネビュラ賞,1993年度ローカス賞ノヴェレット部門受賞作。
「SFマガジン」1994年1月号掲載。
