スーパーマン症候群は,全く手にあまる状態となりつつあった。
フェリックス・ファンク医師の勤める病院だけでも,すでに758もの症例が現れている。
なぜか?
それは,世界がクラーク・ケントに満ち溢れているからである。
おとなしくて,人当たりのよい男たち。生まれついての敗者。しかし,その誰一人として自分が他人に相手にされない人間だなどとは思っていない。
誰もがもう一つの自己,自分の幻影を心に抱き,通常なら不可能な状況にも挑むことができる…。
手に負えない連中を診断し続けるファンク先生。
次なる患者は,いつもの眼鏡に,いつもの紺のダブルのスーツ,まるでレンガ造りの公衆便所といった体格,そして髪のはがね色の染め方も,じっさい堂に入っているといってよい。
となると,大体,次の展開は読めてくるでしょう。
まあ,他愛のない話といってしまえばそれまでなのですが,ファンク医師のややヒステリックなハイテンション(先生もストレスをためておられるわけです。)がなんともおかしいのと,全体のテンポのよさが,この作品の“売り”であります。
とりわけ,精神分析のいい加減さと失礼さを洒落のめした場面が面白い。
「大丈夫ですか,先生?ちょっと働きすぎたんじゃないのかな?誰でもスーパーマンがいることくらい知ってますよ!さあ,ファンク先生,あなたはいつ頃からその妙な病に気がつきました?なにか子供時代の精神的外傷が,わたしの存在を否定するように仕向けたのかもしれない。そうか,あなたの母親が―」
「わたしの母親のことなど放っておいてくれ!いったい,ここでは誰が精神分析医なんだ?わたしは母親についての薄汚い話しなど聞かんぞ。スーパーマンなんていないんだ。」
不条理な結末ではありますが,オチとしては,自然な姿かなあ。
パロディとしてのお遊びなので,押さえ目にしているのかもしれませんが,もっと毒をもった展開でもいいのかなと思います。
講談社文庫「世界SFパロディ傑作選」に収録。
