スター・ピット~サミュエル・R・ディレイニー①

 「恒星間飛行はすでに三世紀前から実現していたにもかかわらず,これまで銀河間交易は不可能とされていました。それは機械の限界によるものでなく,むしろ,われわれがこれまで定義することさえできなかったある障壁が原因でした。わが銀河系の縁から二万光年の外へ出ると,どんな人間も―いや,この点に関しては,どんな知的生物も,また,知覚力を持つ機械やコンピュータも―ある精神的ショックをうけて発狂します。…しかし,外銀河系空間の黒い限界に直面することをせまられたこの時期に,たまたま輝かしい才能が内部から現れたのです。われわれのうちの少数のもの,幼児期,乳児期,あるいは出生前のトラウマで現実感覚を損なわれ,その生理学的,心理学的オリエンテーションからして,内銀河系の社会では生活することが苦痛であるか,不可能である人びと―そのぜんぶとはいいませんが,数すくないこれら黄金の(ゴールデン)…

 ある意味この世界の不適格者ともいえる“ゴールデン”たちが、銀河の壁を超える特権者として闊歩する、そんな皮肉とも言える時代のお話です。

 物語は、銀河の辺境の宇宙船の修理工場を舞台とします。
 このようなところに流れてくるのは,やはり規範や秩序の枠に納まることのできない連中であります。

 登場人物は,この時代の家族体系は,「生殖グループ」という多人数の男女の参加する集団で成り立っていたのですが,そこから追い出されてしまった者や,ストリートチャイルドとなった戦争孤児,麻薬中毒者など,いわゆる世間からはじかれた人々ばかりです。

 鬱屈たる世界から脱出したい―それなのに,外宇宙に飛び出すこともできない…宇宙船の修繕に立ち寄る“ゴールデン”たちの,子どもじみた愚かさと傲慢さに腹を立て,そんな連中が可能な航行をすることができない虚しさと苛立ち…。

 自らの属する場所を見つけることができない連中の歯がゆさ,あきらめ,怒り…様々な思いが交錯します。

 私は,ジャンキー娘のアレグラの末路に胸を打たれましたね。

 “ゴールデン”たちも自分たちが尊敬されているわけじゃあないってことは百も承知している。

 優遇されているのも,裏をかえせば,利用価値があるからだけだってことも先刻承知。だけど,普通の人々が決して見ること,感じることのできない世界を体験することができる。それだけでも,自分たちへの偏見を跳ね返すだけの価値あるものを持っているという思いがある。

 それすらできない主人公たちの痛切な気持ちがひしひしと伝わってきます。
 世界風吹き荒れる荒涼たるスター・ピットの情景描写も美しい。

 ディレイニーの作品は,多義的で,一筋縄でいかないものであるようですが,この作品も,ディレイニーのマイノリティーの部分を前提にすることで,より切実さがリアリティを持ってくるものと思われます。

 私のように皮相的な読みかただとしても,指折りの名作といえると思います。