マーテルは怒っていた。血液を調節して怒りを引かせようともしなかった。
ただならぬ雰囲気から始まるこの作品は,《人類補完機構》の作品群の実質的デビュー作である。
深宇宙へと乗り出した人類。
だが,虚空の苦痛に耐えることはできなかった。
宇宙船を動かすのは,知覚をシャットアウトするためのヘイバーマン手術を受けさせられた人々。
特殊な走査能力を有し,彼らを監督する職務に就いているのが,“スキャナー”たちである。
「いかにして,おおスキャナーよ,ヘイバーマンは創られしや?」
「彼らは切断によって創られたりき。脳は肺と心臓より切り離さる。脳は耳と鼻より切り離さる。脳は口と腹より切り離さる。脳は欲望と苦痛より切り離さる。脳は世界より切り離さる。両眼のみ残して。生ける肉体の制御の道のみのこして」
スキャナーたちも,ヘイバーマンである。自ら望んで手術を受けたのであるが。
ちょっと,“ひいて”しまいそうな“肉体”と化し,一般人とかけ離れてしまった彼らは,いきおい,鉄の掟に結束した閉鎖的結社に所属している。
彼らを支えているのは,《人類補完機構》の使者として,そして数多の世界をつなぐという重責を負う者としての矜持である。
そんな彼らの存在価値を揺るがすような発見がなされる。
虚空の苦痛を遮断する方法を。
そんなことになれば,スキャナーの生きがいがなくなるではないか?
いや,そうではない。一般人に戻れるではないか?…。
この作品は,作者が大手SF雑誌に掲載を断われ続けたあげく,三流ファンタジー雑誌に“稿料なし”で載ったというものであります。
本来,埋もれるはずのものが,見る目のある人の目にとまったというのは,作者にとってもSFファンにとってもラッキーでしたね。
「第81Q戦争」の序文に,フレデリック・ポールがこの辺の経緯について書いています。彼が,この作品を“アンソロジー”に収録し,日の目を見せた功労者の一人ですね。
読む者が,ひりひりするくらいに,肉体に与えられる苛烈な仕打ち,歴史の最先端にいながらも、不思議に中世的な時代がかった不思議な連中。
物語の異質さは,ティプトリーと通じるものがあります。
“痛み”に対するスタンスなど,どこか冷徹な視線も感じますが、おとぎ話的、幻惑的イメージで、酷薄さが緩和されて、不思議なバランスがとれているところが魅力なのかなあ。
ラストは,どう解釈するのだろう。
《補完機構》が,パリジアンスキーを事故として死に至らしめたのはなぜだろう。
彼の犠牲のもとのハッピーエンドは,手放しでは…という感じであります。
