ゴッテスマン教授とインドサイ~ピーター・S・ビーグル①

 グスタフ・ゴッテスマン教授が,姪のナタリーにせがまれて,初めて動物園に行ったのは34歳の時でした。

 すると、トラの檻のそばのベンチに座る教授の肩越しに呼びかける声がしました。

 「ゴッテスマン先生―-とうとうお会いできましたね」

 教授のうしろには誰もいません。そこは,サイの放飼場で,大きなインドサイが干草をむしゃむしゃと食べながら,教授をながめていたのです。

 サイは,自らをユニコーンだといいます。 
 教授は,あっぱれ,パニックを抑えて,サイと、ユニコーンの実在についての議論を交わして,その場を辞するのです。

 姉と姪のしばしの滞在の期間が過ぎ,空港への見送りから帰った教授は,居間の暖炉の前に横倒しにくつろぐ例のサイを発見します。

 一向に動じることなく,バスタブでのんびりお湯につかりさえするサイ。
 教授は,同僚の女友達サリー・ロウリーに来てもらいますが,どうもサイは教授以外には見えないようです。

 ともかくも,教授が次の日の講義に出ると,やっぱりいるんですね,このサイが!

 さて,聴講したサイが,講義を絶賛して以来,教授とサイとの間に,奇妙な友情関係が芽生え始めます。

 教授は,この学識豊かで作法正しいサイとともに平和に老いていきます。
 やがて定年に達し,名誉教授となり,好きなだけ夜更かししてサイと議論を戦わせ、サリーと交友する、幸せで静かな日々を送る。

 しかし,時はすぎてゆきます。
 サリーは,心臓の病で先に逝ってしまいます。
 やがて,教授も旅立つときがきます。サイの背中にのって。

 「最後のユニコーン」や「心地よく秘密めいたところ」などで知られるピーター・S・ビーグルのファンタジー短編。

 なんとも微笑ましく,心のあったかくなるような美しい作品です。
 教授とサイ…どちらも浮世離れした存在が,不思議にマッチしているんですね。
 ちょっとひねりながらも,決していやみでないユーモアにあふれているのも魅力。

 サリー,ナタリーと,教授をあたたかく見守る脇役もすばらしい。
 かけがえのないサリーを失う教授には,おもわず,感情移入してしまいました。

 印象深い会話が数々出てくるが,ナタリーの次の言葉が一番気に入りました。

 「なにかが叔父を見守ってくれているのよ。昔からわかってた。グスタフ叔父さんは,誰かにとっての,いとしいぬいぐるみのチャールズみたいなものなのよ。」

 「SFマガジン 2002年12月号」掲載。