ご存知,サイバーパンクの旗手たるウィリアム・ギブスンの高名な初期短編です。
二人のハッカーが,故買屋からソ連の軍用ウィルス・プログラムを入手し,マフィアの大物「クローム」の強固なコンピューター防衛システムに侵入し,ヴァーチャル風俗業のあがりを横取りしようという,一世一代の賭けに出るというお話ですね。
電脳空間を,新たな宇宙として実在するかのごとく,鋭敏な感覚で描き出しているところが,この作品の読みどころであります。
ボビイはカウボーイだ。伸びひろがった人類の神経系を物色して,すしづめのマトリックスの中からデータや預金をかすめとる金庫破りだ。夜盗だ。ボビイの徘徊する白黒の非空間では,濃密な情報の集積が星々のように空に輝き,さらにそのはるか彼方には,大企業の形づくるかすかずの島宇宙が燃え,軍用システムが冷たい渦状腕を伸ばしている。
電脳空間におけるハッカーの攻撃とシステムの防御側の息詰まる攻防が,テレビゲームの世界のように展開されます。
ただ、その方法自体に重点が置かれているわけではありません。
あくまで,電脳空間における“感覚”を描くことなんですね。
その意味では,訳文よりも,原文にあたるというのが本筋なのかもしれませんが、まず、ちんぷんかんぷんになるのは必定、安心な浅倉久志氏の訳に頼りましょう。
気に入った娘を偶像化して,電脳空間における“女神”に祭り上げるところなどは,いわゆる“おたく”的発想をきっちり押さえていて興味深いです。
まあ,全体としては,“不健康”な臭いが充満しています。
ハッカーたちの生活態度もしかり,やってることは犯罪なのに罪を悔いることなど埒外であるかのような振る舞いなどもしかり。
オースン・スコット・カードが,“モラル”の面でサイバーパンクを容認できないと言っているのは,尺度が妙だとは思いつつも,一概に否定できるものでもないという気がするのですが。
ともかく,私としては,「ニュー・ロマンサー」を投げ出したくちなのですが,この作品は,なかなか面白く読めました。
