「月」生まれの宇宙船乗りロール・ファーランドは,小惑星セレスから出航する大型貨物宇宙船の乗組員となるチャンスを得るため,臨時雇いの二級航天士として,ボー・マッキノン船長率いる「コメット号!」に乗り込み,セレスへと向かうこととなりました。
ボー・マッキノン船長は,自らを「キャプテン・フューチャー」と称する,有名ないかれたおやじ。
もちろん,あのキャプテン・フューチャーとは,姿かたちどころか,性根もすべて,似ても似つかない代物。
ロールは,支離滅裂な命令とひどい下仕事に酷使され辟易するが,これもセレスに到着するまでのことと辛抱する。
「…ずンぐりむッくりの肥満体は椅子を占拠した半トンのラード塊。白髪の混じり始めたフケだらけの黒い縮れっ毛は額から禿げ上がる一方,その汚いフケだけが肩に散乱していて,手入れなしで伸び放題のギラギラした髭は脂ぎった頬を覆って黴の生えたワックスみたいな色に見せている。くたくたになったスウェットシャツの前には食べ滓の染み,そしてズボンの股座に残る黒ずんだ斑点は便所にいった時,ちゃんと腰を振って最後を始末しなかったためにできたものだ。そして,その全身からは,まるで屁みたいな臭いを発散させている。…」
どうです,この情け容赦のない描写のたたみかけ。
野田昌宏氏の訳も,ぴったりはまっていますよね。
それにひきかえ,一級航天士のジェリは,魅力的で有能な女性。
そんな彼女が,どういうわけで,こんな船長の下で働いているのか。
この理由は,ほろりとさせられるものではありますが。
さて,コメット号は,航行中,小惑星2046-バールからの遭難信号を受信します。
ヒーローになるチャンスとばかり勇躍する船長。
でも,緊急事態でも,幻想の世界から抜け出せないとんちきであることに変わりはありません。
ところが,遭難した採鉱宇宙船が,この小惑星もろとも,火星を直撃するコースに設定されていたのです。
激突まで,あと10日弱しかありません。
恐るべき疾病に侵された宇宙船。
いかなる方法で,火星を救うのでしょうか。
そして,マッキノン船長が,皮肉にも,命を賭して火星を救った本物のヒーローとして語り継がれるようになったのか,ことの真相を,ほんと愉快に描いた見事な作品だと思います。
自己顕示欲だけ強い愚かしいアホ船長の言動には笑ってしまいます。
最後は,気の毒なような,本望を果たしたともいうような…
たね本の「キャプテン・フューチャー」を読んでいれば,この作品の面白さは倍増するのでしょう。
何も読んでいない私でも,これだけ楽しんだのだから。
1996年度ヒューゴー賞ノヴェラ部門受賞作。
「SFマガジン」1997年1月号掲載。
