ラファティ氏が描くところのカミロイ人。
地球人よりはるかにすぐれた能力をもつ連中であるが,割合,真面目に,調査研究に訪れる地球人をもてなしてくれるものの,わが地球人とのギャップの激しさが何とも皮肉な笑いを呼ぶ作品であります。
わがダビューク市(アイオワ州の地方都市らしい…)PTA連合の調査団は,カミロイ人の初等教育の調査に訪れたのでありますが,のっけから魂消ることばかり。
確かに型破りなんだけど,それは,わが地球人にとってのことであって,カミロイ人からしてみれば,ごく当然のこと。
紳士的だが,少しく軽侮気味に,調査団に相対するカミロイ人たちの言動が面白い。
「生徒の運動場はどこですか?」
「ああ,全世界がそうだよ。子どもたちはどこで遊んでも自由。特別な運動場を決めるのは,海の底にテーブルくらいの大きさの水族館を作るようなもの。ぜんぜん意味がないと思うがね。」
でも,カミロイ人の教育は,実に厳しいんですね。
三年級か四年級になっても規律にしたがうことをおぼえられない子どもは,文字通り,首を吊るされるのであります。
読み進んでいくと,これは,ラファティの“教育観”が出ているんじゃないかと思いますね。
いわゆる,“スパルタ式”教育に対する肯定的見方といいますか。
もちろん,厳しいことがよいことだというだけではなく,ラスト近くの文章は,
ユーモア味が薄れ,ラファティの生真面目な思いが書かれているように感じます。
それにしても,教育のあり方というものは,難しいものです。
小学生の子どもを持つ親としては,ほんと,複雑な思いがあります。
ハヤカワ文庫SF「九百人のお祖母さん」収録。
