流しの音楽家・ウォルトンは,音楽の才能も枯渇し、衆目を驚かせるだけのちゃちな仕掛けの演奏で日々をしのいでいました。
彼は,過去のある時点の白昼夢にとらわれることがよくありました。
1931年の春と1944年の冬
ここに何があったのか、それを見つけることが、今の閉鎖状況を打開する鍵になるんじゃないかと、彼は、シンシナチの北14マイルのグレンデイルという町への旅行を決意します。
いずれの過去の時点にも関係しているモイラという女性に会いに。
一読では簡単に内容をつかめないような、なかなか技巧的なつくりとなっている作品です。
ウォルトンと,モイラ,そしてモイラの母親とは,ウォルトンのかわいがっていた犬(いわゆる駄犬なんですが…)インキーを通して絡んでいます。
ウォルトンの少年時代,モイラの母親がインキーを轢死させてしまったことが,彼らの関係に陰をさし,しこりを残し,今に至っています。
かけがえのない存在であったモイラを手放したウォルトン。
1931年の少年時代、1944年のモイラとの別れという、ターニングポイントとなる時点の光景が、現実の世界に織り込まれるように描かれるとともに、未来からの訪問者もあわせて現れるという凝った設定です。
うまく場面を切り替えながら、異なる時間軸を巧みに同時進行させる技は、なかなかのすぐれものです。
優しいだけではなくて舌鋒鋭いところのあるモイラ、やや素直でない意地悪ばあさん的なモイラの母親…等々、平板でない人物造形もいいですし、未来からやってくるウォルトンの分身の、年を経て枯れた…というか肩の力の抜けたひょうひょうとした雰囲気が気に入りました。
いわゆる,改変ものではなく,過去を過去として,そのまま受け入れる姿勢がいいじゃないですか。
でも,今からでも,ささやかながらも,わかりあえて幸せ?になれるんじゃないかという,ちょっぴりシニカルさを残した明るさも,またいいんです。
ノスタルジックなラストも魅力的です。
「SFマガジン」1977年8月号掲載。
作者のロバート・M・グリーンJr.は,謎の存在だったようで,解説では,この作品の質の高さから,高名な作家がお忍びで書いたファンタジーではないかと推察しています。

