う~ん,言及するには自分の力不足を見せつけられるような作家であるジーン・ウルフ先生。
この作品,すっと表面的に読む分でも,洗練されたグロテスクさを十分に堪能できるのですが,なんせ,凝りに凝った構成と謎めいた暗示,複雑な伏線で名高いウルフ先生のこと,腰を据えて読まねばならん…と気張ってはみましても,やっぱり難解であります。
筋としては,イランの裕福な青年が,化学物質による遺伝子損傷により文明崩壊に至ったアメリカの旅行中に出会った女性との,幻想的かつ官能的,だけど恐ろしく,おぞましい愛を体験するというお話です。
物語は,青年の日記の記述形式で進んでいくのですが,これがまた,青年が,6つの卵菓子の一つに幻覚剤をたらし込んで,毎日そのうち一つを食べるがどれが“当たり”の卵かわからないというもので,その日の出来事が真実なのか,はたまた幻覚なのかよくわからないという,大変ややこしげな設定となっております。
さらに,この卵菓子が一つ足りなくなっているやら,日記の一部分を削除しているやら,いい加減にしてくれというような,不安定さを加えてくれているんですね。
これを解明するような気力も知力もありませんが(結構,何回も読んでいるんですけれどねえ),私は,青年がアメリカに到着してえらくブルーになった後,すぐに不安を解消したというパラグラフの間に,妙な唐突感を感じますので,ここで記述のない一夜が削除されているのかなと思いました。
もっとも,卵菓子を食べ始めるのは,この後の夜からなので矛盾するかなあ。
それとも,“あたり”の卵菓子を食べた一夜は,その幻覚剤の効果で全く青年の記憶がとんだとしたら,当然日記の記述がなく,卵菓子も減るし,青年がこういう状態のときに,部屋に忍び込んで物色した連中がいたということで整合がとれるような…。
でも,空白の一日が過ぎたということ自体は,すぐ判明することだろうしなあ。
いやいや,いかんいかん。
この作品の悪いところは,こんな謎解きに力を奪われてしまうところですよ。
何とでも解釈できる実在の不確実さを投げかけているというくらいで逃げておきまして…
まるで異世界に紛れ込んだかのような変わり果てたアメリカの描き方は,逆説的で少々嫌味ぽくてよろしい。まして,その原因が,まんざらありえなくもないリアリティ(家畜の発育促進剤の化学ホルモンが引き金!)をもっているのも怖いです。
決して青年に裸の姿を見せようとしないアーディス。
曖昧さを残しながらの彼女の幻想的美しさと不気味な化け物の姿との対比が際立っています。化け物の姿を出さずにというところが味噌ですね。アーディスの姿を見るため青年がとった明かりとりの方法も洒落ております。
こういう場面場面の鮮やかさがあるからこそ,よくわからなくても,再読してしまうんですね。
でも,まだまだ解釈がわからない箇所(意味のわからない会話)も数多く,やっぱり,読者を選ぶ作品であると思いますね。
