彫刻家のハルヴォーセンは,その日の食事にも事欠く生活を強いられていた。世の中が,芸術たるものの価値をわからなくなりつつあったのである。
彼の仕事を奪った一番の原因は,S.P.G―要求された効果を出すために,構成を計算し,画像を修正する電子回路の集合体。
「そうです。内蔵カメラが十六の異なる角度から側面図を撮ります。あとは望みのままの効果―可愛らしさ,荒々しさ,セクシー,精神美,知性美,そしてその組合せに造形頭脳をセットするだけです。機械はさっきの側面図から,我々の望みどおりの曲線を取り出し,必要とあれば,ある限度内の修正を加えて,メモリータンクにその肖像の立体録画を貯えておくのです…」
安上がりなプラスチックの製造物。
技術社会は,人間の仕事をできるだけ楽にすることに注力し,おかげで,人類は火星にまた金星にまで到達できていた。
芸術の“非能率さ”は,この世界とは相容れないのだ。
過去の遺物と化した芸術家の,世界から淘汰されていく姿をペシミスティックに描く,コーンブルースの傑作といわれる作品であります。
主人公の不器用さもさることながら,登場人物たちがなかなかの癖者も多く,会話が,洒落てはいるが,実にシニカルなのが,いい味を出しています。
こういう話だけに,当然のことながら,ハッピーエンドなどありえません。
主人公は,放射能に汚染された旧大陸からデンマークへと向かう。
一面の雑草と被爆の跡に立つ,ミレス作のオルフェウス噴水群像へと。
つまり,設定では,ヨーロッパは,核戦争でほぼ破壊されつくしたようなんですね。完全に,“アメリカ的”文化が,全世界を席巻していると。
まあ,わが日本でも,いわゆる“職人の技”というものが,急速に失われつつあります。
ただし,機械でも及ばない,その勘というか,精妙な部分は,貴重な財産として大事にすべきという流れはできてきているようですが。
伝統的日本文化は,日本人の血に流れているものであり,いくら価値観が変わろうと,失われるものではないと思うのは,希望的観測なんでしょうか。
ストーリー自体には,ある意味,技術万能主義・商業主義に対するストレートな批判で,さほどのひねりはありませんが,展開の巧みさと「生きづらいなあ」と感じさせるような厭世的ともいえる雰囲気が大変よろしい。
ラストシーンは,文学的です。
ところで,ネットで検索したら,オルフェウス噴水群像は,ストックホルムにあるらしい。デンマークにはないのだが,間違いか,何かの意図か?
