ケイト・ウィルヘルムは,デーモン・ナイトの奥さん。
昔,サンリオSF文庫から,代表的な長編は紹介されていたのだが,絶版のまま今に至ります。「鳥の歌,いまは絶え」や「クルーイストン実験」などは,どこかで復刊すべき値打ちがあるんじゃないですかね。(「鳥の歌,いまは絶え」は見事に復刊していますね。)
といって,長編を読んだわけじゃあないのですが,いくつか,短編を読んだだけでも,一種異様な緊迫感と覆いかぶさるような圧迫感が独特で,半端な作家じゃあないという気がします。
『アン・ボーモントの或る一日』としてスタートした“感情放送”。
アンの脳に嵌め込まれた電極から,3700万人もの利用者へと送信される,アンの感情。視聴者は,レンタルのヘルメットを装着するだけで,その感情を自分のものとして味わえます。
一躍スターとなり,何でも手に入れられる御身分となったアンだが,ビジネスである以上,犠牲は伴います。
設定は,エスカレート,世界中の人々の見世物にされるのはもうごめんと不満をもらすアン。
敏腕プロデューサーは説得する。
「…3700万の辛気臭い人生だ,アン。きみがほんものの人生を与えてやるまでは,連中は退屈と欲求不満だらけだった。持ってるものといったら,仕事に子供に請求書だけ。そこにきみが世界を与えてやったんだ,お嬢さん!」
いまや,アンの生活の一部始終がモニターされ,その感情が商売に利用されます。
強盗,素敵な恋人の出現…みんな,やらせ。
しかも,もう電極を除去することはできません。
電極接続といえば,ティプトリーの「接続された女」(ただし,アンは絶世の美女である)が思い浮かびますが,メディアに消耗されるアイドルを描くという点で,デイヴイッド・J・ショウの「赤い光」(祥伝社文庫「震える血」収録)を思い起こしました。
それにしても,この作品はかなり強烈。
アンに対しても,プロデューサーに対しても,一般大衆に対しても,作者の目は容赦ありません。
アンの最後の拠り所となるべきジョンも,アンの切実な感情を貪るという背徳的とでもいうべき興奮に身をゆだねる,実に後味の悪いやりきれない姿が描かれています。なんとかしてやれないのかねえ…。
「20世紀SF③ 1960年代」に収録なので,入手しやすい作品であります。
ウィルヘルムさんの他の短編もしっかりと読もうかなという気にさせました。
