海外SF短編を読むのが好きな私であるが,よく理解できない作品も多い。
難解さや訳わからなさが売りの作品もあるだろうが,素直そうな作品で,解説に,「SFファンの心をくすぐる見事なセンス・オブ・ワンダーを味わっていただきたい」などと記されているときは,所詮SF門外漢か…という疎外感にへこむこともある。
翻訳者はわかって翻訳されているわけだから,一概に翻訳のせいにはできない。ここは虚勢を張らずに,わからない作品,わかっているのかどうかわからない作品などについては,率直に書かしていただきたいと考えております。
私の"センス・オブ・ワンダー"に疑念を抱かせることとなった作品のトップバッターは,1988年度ヒューゴー賞ショート・ストーリー部門受賞作である,「ぼくがハリーズ・バーガー・ショップをやめたいきさつ」(ローレンス・ワット=エヴァンズ)である。ハヤカワSF文庫の「80年代SF傑作選・下」に掲載されている。
物語の筋は,次のようなもの。
ウェスト・ヴァージニアの辺鄙な場所にあるハリー爺さんのバーガー・ショップには,深夜2時を過ぎると,奇妙なお客が集まってくる。
そこで働く主人公の少年は,彼らが,この世界とは違う,別の世界からやってくる旅行者であることを知る。
実は,瞬間ごとにあらゆる蓋然性によって分岐した無数の世界が存在しており,それらの世界を渡ることを選んだ冒険心ある旅行者たちは,多彩な出来事を体験することができるが,元の世界に戻ることはできないのである。
ハリー爺さんのバーガー・ショップは,ハリー爺さんの詮索をしない性分,場所的特性などにより,多少の違いはあれど,多元世界の中で普遍的に存在する店として,旅行者たちの間で有名だったのである。
主人公は,田舎町の何の刺激もない生活に飽き飽きし,ある旅行者に,自分も連れて行ってくれないかと相談する。
その旅行者は,主人公に,旅の素晴らしさとひきかえに本当の故郷を失うことの辛さを語り,この世界にだって,ニューヨークの摩天楼,マチュピチュの遺跡,ベナレスの寺院などなどセンス・オブ・ワンダーをくすぐるものはいくらでもあると諭すのである。
ここまでは,わかりやすい,いい話なのである。この後が,わからないのだ。
主人公は,結局,旅行者になったのか,それともやめたのだろうか。結末の主人公のセリフ,「さて,きみはどうしてベナレスなんかへ来たんだい?」の意味が,なんとも歯がゆいことにわからないのである。
編者の山岸真氏の解説では,「結末の鮮やかなひねりには,思わずうなった。」と記されている。落語会で一人だけオチがわからず居場所を失ったような気持ちである。
旅行者となることを選択した世界の主人公が,旅行者とならずにベナレスを訪れることを選択した,また別の世界の主人公に対するセリフだったのかなあ。どなたか教えてもらえませんか。
