十六丁目に最寄りの角の公衆電話が鳴りっぱなしで,鳴りやもうとしなかった。とうとうわたしは受話器をとって,いった。
「もしもし,お母さん?」
「ジャネット?あんたなの?」
わたしの母には公衆電話にかけて,わたしをつかまえるというこの摩訶不思議な特技が本当にある。月に一度ぐらいの割合でかけてくるのだ。
この異様な状況が,ややまともなことじゃないよという程度の非日常さとして,さらりと流している,この異様な感覚はなんなんでしょうか。
冒頭のすっとぼけたような変な味わいにすっかりはまってしまいました。
ケンタッキー州西部にある田舎町オーエンズボロは,ニューヨークに住む主人公の故郷の町だが,何ゆえか,この町に,アメリカ文壇の歴々が,続々と居を移しつつあるのだ。
ジョン・アップダイク,ソール・ベロー,フィリップ・ロス,E.L.ドクトロウ,J.D.サリンジャー!,ジョン・アーヴィング,トマス・ピンチョン!
そうそうたるメンバーが,オーエンズボロのあちこちで出没しているのを,町の人がみかけ,主人公は,母親,元婚約者のアランたちから,その情報を受け取る。
みんな“文学”好きであるようで,作家の名前は知っているものの,どうも,実際には作品を読んでいないような節がある。
これは,私も同様ですね。上記の作家のうち,サリンジャー,ピンチョン以外は,全く読んでおりません。(ピンチョンも「競売ナンバー…」のみ)
この物語は,筋らしい筋もなく,なんやとらえどころのないようで,ほんわりおかしいという,極めて“けったい”な作品であり,これは,わりあい,好き嫌いが別れそうな気がする。
この手のユーモア感覚というのは,個性としかいいようのないものだろうなあ。
とぼけぐあいが絶妙といったら,褒めすぎかな。
やりすぎにならないような手綱さばきも見事だし。
中村融氏の訳も,そこらのニュアンスを上手に伝えてくれていると思う。原文を読んでみたいものです。
ところで,これらの主流作家とあわせて,オーエンズボロ“周辺”には,トーマス.M.ディッシュまで現れる。
ここいら,芸の細かい部分です。
