スー・リンは,机に置いた両手の親指を軽く触れ合わせ,他の4本の指は,なにかをかかえているように大きく曲がっている―そのなにかとは,両手の指先がつかないほど大きく,指がほとんど直角に曲がるくらい四角ばったものだ。
教師である主人公は,スー・リンが暇さえあれば,さもうれしげに,この“なんでも箱”をなでているのに気づく。
心に平安を与える“なんでも箱”。
物語の流れは,スー・リンと主人公との気持ちの共有と乖離,そして再度の共有というものである。
作者は,小学校の先生であったそうだが,その経験をフルに生かした作品であるといえましょう。
一見,現実逃避とも思える“問題行動”に対して,現実に向き合わせようと厳しい姿勢をとる主人公。
この物語の場合では,それが,“なんでも箱”を取り上げることであったのだが…。
この作品のすぐれているところは,子どもの心の慰安となっている幻想癖を単に好ましくないものとして矯正しようとする大人の論理に対する問いかけを,実に上手に物語として構成しているところでありましょう。
主人公の同僚のアルファ先生の,視野の狭さと妙な自信,それに振り回されそうになる主人公という図は,うまいです。
ややお約束に近いながらも,スー・リンの家庭事情も複雑で,同情を呼ぶものであることもうまい仕込みでしょう。
いったいわたしはスー・リンになにを与え得ただろう?わたしが取り上げたものよりも良いなにを,彼女は持っていただろう?彼女の《なんでも箱》が,このような人生の難所を彼女に乗り切らせるために,故意に与えられたものでないと,どうしてわたしに言いきれるだろう?
地味ではありますが,非常に細やかで,情緒豊かな,美しい作品といえましょう。
おそらく,作者に,同様の経験があったのではなかろうか。
また,アルファみたいな同僚もいたんだろうなあ。
ラスト,スン・リーとの心の交流の部分は,素直にほっとさせてくれます。
ひるがえって,絵空事をわいわいと言い合っている子どもたちに,たいがいにせえと喚いている私は,この作品をどう読んだのか自問すべきか。
創元SF文庫「SFベスト・オブ・ザ・ベスト 上巻」収録。
深町眞理子氏訳。
