「おとといは兎を見たわ,きのうは鹿,きょうはあなた。」
リリカルなフレーズが心に残る,日本人好みの名作。
主人公のマークは,二週間の夏休みを,湖畔のキャビンで過ごしていました。
あいにく, 息子はカレッジに,妻は陪審員の用ということで,彼一人きりだったのです。
秋の訪れを感じる9月のある日,マークは,丘の上に,若い女性が立っているのを見つけます。
彼女は,240年先の未来からタイムマシーンで,この美しい景色を観賞するために,やってきたのだといいます。
優秀な科学者である彼女の父親が,タイムマシーンを完成していたのです。
マークは,何度か彼女と語らううちに,すっかり彼女のとりことなってしまいます。
最後の出会いで,彼女から,父が死んだこと,そして,タイムマシーンの仕組みを知らない彼女にとっては,時間旅行の機会はあと一回しか残されていないことを聞きます。
マークは,彼女に、もう一度来てほしいと望むのですが…。
ロバート・F・ヤングの描く女性は,世の男の理想とする?ものの一つではありますが,主人公の中年男がいかに魅力的であったとしても,まず,こんな展開にはなりません。作者の理想とする女性像が臆面もなく表現され、読む方が,赤面してしまうほどです。
ネタばれで恐縮ですが,彼女は,マークとの約束を守り,彼が駆け出しの弁護士だった時代へとタイム・トラベルを敢行します。
美しい情景,愛くるしく一途な娘の純真さ,不安がとけ去る感動的ラストと,おやじの願望充足的ストーリーながら,たしかに癒される作品ではあります。
だが,意外に難解なところも多いと感じます。
「なぜ、彼女は、マークに真実を打ち明けなかったのか?」
マークが事実を知ってしまったら,あの丘の出会いのようなことが再び起こりえただろうかということなんでしょうか。マークが「自然」になることはできないだろうしということか。
「なぜ、彼女は、年をとることを恐れたのか?」
これは,「その娘が,実は私なんですよ」ということをマークにわかってほしいため。でも,20年以上前とはいえ,嫁さんの昔の顔を忘れてしまうものですかねえ。ましてや,嫁さんが年を感じさせないならば,娘と出会ったときに,すぐピンとくるはずじゃないのかな。
「なぜ,彼女は,過去にとんだのか?」
マークが,妻帯者であることを知りながら,過去にとぶということは,マークの妻は私であるということを確信していないとできないはず。度胸があるといえば,それまでですが。
まあ,かたいことは抜きにして,センチメンタルな世界に浸りましょう。
1961年「サタデイ・イブニング・ポスト」掲載。
「SFマガジン 2000年2月号」収録。
河出書房の奇想コレクションに近々,同名タイトルの短編集が出る予定。

