この作品は,ライバー,1975年発表のいわゆる「改変世界」ものです。
そのときわたしがマンハッタンで,そしてあの有名なビルディングで遭遇したことは,夢でもなんでもない,完全な現実であり,わたしはたしかに別の《時間の流れ》にはいりこんだのだ―そう確信することもしばしばある。
主人公は,ブロードウェイを歩いていたとき,エンパイアステートビルのてっぺんに,飛行船「オストヴァルト」号が繋留されているのを見つけます。
それを違和感無く受け入れる主人公の目には,ブロードウェイはすっかり変貌していたのです。
輝く電気自動車の流れ,道行く立派な身なりの多くの黒人たち…
主人公は,ビルの高級ドイツ・レストランで,ニューヨーク市立大で社会史を教える息子と昼食をともにするが,そこでの話題は,“歴史上の尖点”―実際とは異なった方向に決定されていたらという転回点―のことでした。
もし,エジソンとマリー(マリー・キュリーのこと!)が結婚することがなく、あの素晴らしい天才科学者が生まれてこなかったら,もし、駆動機関のベースとなるバッテリーが開発されなかったら,この世界は,有毒ガスを撒き散らす,ガソリン車が横行していただろうという恐るべき仮定のもとで話は進みます。(設定が、ラファティの名短編「田園の女王」とよく似ていますね。)
もし,アメリカがヘリウムをドイツに売るのを禁じようとしていたら,飛行船の中身は,無謀にも“水素”となっていたかも!
もし,第一次大戦後の処理がまずく,再びドイツの軍国主義が頭をもたげるようなことになっていたとしたら!
公害のない,人種差別が深刻でない,穏やかで円満な改変世界。
ライバーのドイツへの愛着が微笑ましい。
ただし,主人公につきまとうように出没するユダヤ人を通じて,ナチズムへの後ろめたい思いを色濃く漂わせ,現実に引き戻す役割を演じさせているところなど渋い演出だと思います。
ヘリウム飛行船の優雅で快適な描写が,実際の悲劇的顛末と鮮やかなコントラストをなしており,大変印象的です。
もう一つの世界が崩壊していく様が,悪夢的で,飛行船の末路とかぶって,より効果をあげている感があり,ライバーのセンスというか,技巧のうまさを存分に味わえるところでしょう。
エンディングは,「こんな,がさつな世界だけれど,まあね」といった,余裕と一種の貫禄さえ感じるユーモアで締めています。
1975年ネビュラ賞,76年ヒューゴー賞短編部門受賞。
河出文庫の「20世紀SF④ 1970年代」に収録されているので,入手しやすくなっています。ライバーの作品は,深町眞理子氏が訳されることが多いので,安心です。
